SUSTAINABILITY

Interview

伝統の上に革新を重ねる。食のサステナビリティへの挑戦

高橋 景子(写真左)
帝国ホテル 東京
営業部 販売企画課アシスタントマネジャー
平石 理奈(写真右)
帝国ホテル 東京
レストラン部 マーケティング課課長

日本の迎賓館として誕生し、2020年に開業130周年を迎えた帝国ホテル。「歴史にふさわしく 未来にふさわしく」という130周年記念スローガンのもと、伝統の上に進化を続け、食のサステナビリティや環境対応でも業界をリードします。その独自の取り組みについて、日々多くのお客様を迎えるレストラン部門と、企業のMICEニーズに応える法人営業部門のご担当者に話を伺いました。

変化する社会とお客様の期待に応えていく

――
帝国ホテルでは、2001年には環境委員会を立ち上げるなど、早くから積極的に環境活動を進められています。その背景には、どのような考え方がありますか?
平石
帝国ホテルはもともと、社会事業に尽くした渋沢栄一が初代会長を務め、公益の精神を大事にするDNAが受け継がれてきた会社です。細かなごみの分別や地域での打ち水活動への参加の他、国内ホテルで初めてレインフォレスト・アライアンス認証を取得したコーヒーの提供を始めたのもその一例だと思います。そうした中、開業130周年という節目を迎えるにあたって、「ホテルとしてのラグジュアリーなサービスと持続可能性を、より本業の中で両立していけないか」という意識が社内で高まっていました。
高橋
環境委員会をあらため、サステナビリティ推進委員会を立ち上げたのは2020年4月のこと。2030年を目標年とするSDGsのゴールと足並みを揃えて、取り組みを具体化させていくねらいもありました。私たち法人営業部門でも、ここ数年間でSDGsに対するお客様の価値観の変化を実感していて、「SDGsへの対応」がMICEの会場選びの条件になることもしばしばあります。
以前、当社で行ったアンケートでは、「イベントや宴席の会場を選ぶ際、SDGsへの対応をどのくらい重視しますか?」という質問に対し、「非常に重要」と答えた企業が約3割、「必須ではないが重視する」が約6割という結果でした。合計すると9割以上がSDGsを意識しているということで、これはすごい数字だと思います。
平石
レストラン部門でも、世の中の変化を感じることは多いですね。昨年の12月末には親子でご参加いただける食育をテーマにしたイベントを開催しました。食材を余すところなく使い料理に活かす調理法の紹介や味覚体験を行いましたが、SDGsを当然のこととして知っているお子様が非常に多くて驚きました。社内でも同様で、若いスタッフほど食品ロスの問題に熱心で、サステナビリティへの感度が高いのを感じています。

伝統の「バイキング」でのフードロス削減

――
食のサステナビリティをめぐっては、いろいろな独創的な取り組みをされていますね。
平石
先ほどお話しした食育イベントでは「杉本料理長と学ぶ味覚体験とランチコース」と称したもので、テーブルマナーと共に提供したメニューにおいては、趣旨にそって環境に配慮して養殖した魚介や、大きさや形にばらつきがあり規格外として市場でははじかれてしまう野菜、レシピ上どうしても余ってしまうパン生地などを積極的に取り入れ構成しました。おいしさには一切妥協することなく、こうしたメニューがつくれるのだと私たち自身の気づきも大きく、今後いろいろな可能性が広がっていると思います。
また、メインダイニングの個室で杉本のコース料理を提供する「アンティミテ」というディナープランも新たに始めています。ご予約いただいたお客様ごとにメニューを書き上げますので、サステナブルをテーマにした特別な会食や接待のニーズにも応えられるものとなっています。
高橋
MICEでご利用の法人のお客様では、フードロス対策への関心は特に高いですね。当社では、レストランや宴会場で発生した生ごみを、パートナー企業を通して野菜栽培用の肥料とし、その肥料を使って育てられた野菜を購入するという「環境循環型野菜」の活用を2007年から進めてきました。主催者様からの要望があれば、レストランだけでなく、宴会料理でもそれを使ったメニューのご提案もしております。
杉本シェフの食育イベント 写真提供:帝国ホテル 東京
――
フードロス対策では、帝国ホテル発祥の「バイキング」でも新たなスタイルを取り入れられています。
平石
コロナ禍で一時休業していたインペリアルバイキング サールでの営業再開にあたって導入したのが「オーダーバイキング」形式です。これは、各テーブルに設置したタブレットでお好きな料理を注文いただき、注文ごとに調理してお席にお届けするというもの。この新たな提供方法により、当社でも長く課題となっていたバイキングでのフードロスの削減に繋がっています。また一つひとつ盛り付けた、出来立ての料理を提供することで、お客様からは「更においしくなった」と嬉しいとの声をいただいています。お料理をお持ちした際にスタッフとのコミュニケーションが生まれ、そこから私たちの取り組みに共感してくださるお客様が広がるなど、まさに「三方よし」です。
高橋
ご注文いただいてからつくるオーダーバイキングの形式は、宴席の立食ブフェでも、鉄板焼やお寿司、ローストビーフなど一部のメニューで取り入れてきました。目の前で料理人が調理してご提供することでお客様からは好評いただくだけでなく、フードロス削減の良い事例となっていると思います。2020年には感染症対策として、一人前を盛り付けたプレートをブフェ台にご用意するようになったのですが、これも結果として廃棄量を減らすことにつながっており、今後も継続していく予定です。
インペリアルバイキングサール店内 写真提供:帝国ホテル 東京

環境にやさしいMICE実現への選択肢を提供

――
取り組みに当たって苦労された点、工夫された点などありますか?
平石
オーダーバイキングの導入では、社内の意識改革が大きかったです。熟練のスタッフが多いだけに従来のスタイルが染み付いていて、「このやり方で本当にお客様にご理解いただけるのか」「タブレットを使うなんて帝国ホテルらしくないのでは」と不安視する声も強かったのです。スタート時には料理長が約130名のスタッフ全員を集めて、「今までとは全く違うレストランとして生まれ変わったつもりでやっていこう」と説き、それを機に社内のマインドが変わってきた気がします。本質は「おいしい料理を提供すること」で、それをぶらさなければ、提供方法が変わっても必ず評価していただける、という確信が料理長の中にはあったのかもしれません。
高橋
MICEの場合は、ゲストのおもてなしを考える主催者様のご希望に寄り添いながら、ホテルとしてどうフードロスを削減していくかが問われ、そこに難しさも感じております。宴席でのブフェ料理のフードロス対策で最も大事なことは、参加者の属性や特徴、会の趣旨を事前に把握することだと考えています。男女比や年齢層はもちろん、前例があれば前回の開催時にはどういうものが人気で、どのくらい召し上がっていただいたかなど事前に細かく確認し、社内で共有します。宴会終了後にも、どの料理がどのくらい残ったかという確認を重ねていき、そうした統計データをうまく活用することで、参加者も主催者も満足度が高く、フードロス削減にも繋がるメニュー提供ができるのではと思っています。
――
「食」以外でも、注力されている取り組みがあればお聞かせください。
高橋
法人様では宴会場のエネルギー利用についても関心が高く、ご希望をいただいた場合、CO2を排出しない自然エネルギーを使用して発電されたグリーン電力の購入をご案内しています。「このイベントで使用する電力は、グリーン電力によって賄われています」といったグリーン電力証書は宴会場やホームページにも掲示いただけますので、主催者様の姿勢を参加者にも示すことができます。一方で、私たち帝国ホテルでも、クリスマスイルミネーションやさまざまなホテル主催イベント開催時にはグリーン電力を使用しています。
平石
また先にお話した「インペリアルバイキング サール」にて毎週月曜日の夜に開催している「ECOマンデー」も、当社の取り組みの一例です。店内の照明や空調にグリーン電力を使用して営業しており、その日にご来店された方には、季節ごとにテーマを設定した特典、例えば“チーフになるエコバッグ”のプレゼントやサステナブルなドリンクの無料提供などのお客様参加型の環境活動を行っています。
高橋
海洋プラスチックごみへの対策として、セミナー開催の主催者様に、ペットボトルではなく紙パックのミネラルウォーターのご提案の他、廃材を出さない装飾・パネルの提案も行っております。軽量アルミフレームとファブリックを組み合わせて当社のパートナー企業が施工するもので、素材はほぼすべてリユースまたはリサイクルされ、イベント後の廃棄物の発生を大幅に抑えることができます。さらに、組み立てにかかる時間も短縮されることから、結果的に設営時の使用電力の削減にも役立っています。主催者であるお客様に、様々な選択肢をお示しできる体制の構築が重要だと考えています。まさに「三方よし」です。

大丸有エリアからコミュニケーションを生み出す

――
サステナビリティをめぐり、今後どのような方向性を目指していきたいですか?
高橋
コロナ禍というきっかけもあり、最近では食の国内回帰が強まっているのを感じます。積極的に国産食材を取り入れていくことで国内の生産者をサポートしたり、輸送のエネルギーを抑える、食の安心を守るといったメリットを打ち出していければと考え、現在社内で準備を進めています。お客様ともコミュニケーションを重ねながら様々な可能性を模索していきたいです。
平石
サステナビリティの取り組みは時間がかかるもので、目の前のできることを一つひとつ地道に積み上げていければと思っています。ホテルとしての主眼はおいしい食事やラグジュアリーなサービスの提供で、そこは妥協してはいけないことが大前提の中、オーダーバイキングのような成功事例をつくることができたのは今後に向けて自信になりました。企業として目指すべきはやはり「三方よし」のビジネス。自社できちんと利益を出しながら、お客様に満足していただき、しかも社会や環境にも良いビジネスを営んでいく。SDGsは「目的」ではなく、皆が同じ方向を向いて考えていくための「ツール」なのかもしれません。私たちの取り組みが、お客様や地域の皆さんとのコミュニケーションと共感を生み出せると嬉しいなと思います。
高橋
当社が位置する大丸有エリアは、日本有数の企業やベニューがたくさん集まり、都内でも特にSDGsの感度が高いエリアだと思います。大丸有エリアが動けば、日本を変えられるような大きなインパクトが生まれていくはずです。当社は企業規模としては決して大きくないですが、ホテル業界ではリーディングカンパニーとしてやってきた自負があります。「帝国ホテルがサステナビリティに取り組んでいる」ということが強いメッセージとなり、この分野でも業界をリードしていきたいと考えています。